ホーム > 永井社長のひとり言

永井社長のひとり言

世界遺産ホイアンとベトナム戦争の傷跡クチトンネル

さて、ベトナムでの研修の番外編(観光)の写真を少々。。。

 

まず訪れたのがベトナム中部に位置する、ホイアンの街。

かつて、海上貿易で栄え、日本人街のあった世界遺産の街です。

 

古い町並みがつづき、ある意味、こちらの勝手なイメージのベトナムらしさが残る町並みと言えるかも。。。

 

      14A集合写真.JPG

        ”日本橋”の前で撮影

 

20131114_102927.jpg  DSC_0924.JPG 

                     14B集合写真.JPG

 

 

 

【クチ・トンネルへ(最終日)】

 

今回の観光地で一番興味があったのは、ベトナム戦争当時、いわゆる”ベトコン”がアメリカ兵を相手に壮絶な戦いをした首都サイゴン(現ホーチミン市)から30分ほどの地域クチ。

 

当時、たいした武器も持たずに、知恵を絞って重兵器のアメリカ軍に挑んだ地域で、今では記念資料館というか、観光地化され、そこにはまだ地下通路、というか地下の要塞も残されています。

 

       DSC_1051.JPG

密林のような所を進んでいくと、有るわ有るわ色々な仕掛けが。。。

 

 

当時使われた、罠(落とし穴)なども多数展示してあり、そこに落ちて もがき苦しむ兵隊を想像するとゾッとします。

 

             DSC_1050.JPG

 

 

 Vietnam16-014.jpg Vietnam16-015.jpg Vietnam16-016.jpg

  うまくカモフラージュされた地面から、突然ベトコンが飛び出してくる!

 

いたるところに、罠が仕掛けられており、アメリカの歩兵隊は、武器には恵まれていたのもかかわらず、さぞかし怖かったことだろうと思います。

 

我々も地下通路の一部を通ってみたところ、本当に狭い。

体の小さなベトナム人だから動けるが、アメリカ軍人などは入ったら身動き取れなくなるような狭さ。

イメージとしては、ベトナム軍人は日本の女性くらいのサイズ。

体の大きいほうの部類に入る自分は、狭いところも苦手で、こんなところに長くはいたくないという感じ。

しゃがんで30メートルほど行っただけで、筋肉痛になりそう(^^;

    Vietnam16-042.jpg    DSC_1046.JPG

  

当時自分たちを守るため、いかに必死だったかが痛感できました。

また、当時のベトナム戦争の意義とは何だったのかも深く考えさせられる体験でした。

 

       DSC_1044.JPG

      ひのまる会の皆様、おつかれさまでした。

 

 

コメントする




ページトップに戻る

代表取締役社長 永井秀宗

1962年 富山県出身の両親のもと、東京都に生まれる。3人兄弟の次男。
東京の私立大学を卒業後、単身アメリカに渡る。ロサンゼルス郊外の大学院でMBA課程を修了。当時バブル景気で華やいでいた日本には帰国せず、そのまま現地で就職。ケンタッキー州のトヨタ工場隣接の豊田通商アメリカに入社し、工作機械や自動車部品の輸出入を手がける。
1995年帰国し、現在の寿板硝子株式会社に入社。
一男二女の父。休みの日には家族との時間を大切にする。

富山の社長.tv:

カテゴリ

窓の修理・交換はこちら
お問い合わせフォームへ
無料見積もりフォームへ
お電話でのお問い合わせ フリーダイヤル:0120-67-5102
FAX用 申込用紙(PDF)